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Chapter.10

京都市動物園 

飼育課 獣医 和田 晴太郎さん

”問題にぶつかるたびに、考えて実践していく”

都市動物園に今、獣医は6名います(管理職2名、係員4名)。そしてキーパーさん(飼育係)をメインにゾウ、ゴリラ、爬虫類と3つの班に構成されていて、各班に1人担当獣医が付きます。新人の獣医は先ずゾウの担当から始めます。非常にデリケートなゾウの担当になることで、キーパーさんにいろいろ教えてもらいます。ゾウは人を見るので、見慣れない顔にはちょっかいをかけてきたりします。だから最初のうちは非常に緊張感があるんです。一歩間違えば死にますからね(笑)。人の言うことを認識できて、「やめろ」と言えばやめますし、「止まれ」と言えば止まることができる。賢いんです。それは裏を返せば嫌いな相手を狙うことができるということです。だから信頼関係が大切です。我々獣医は採血のような痛いことする係です。たとえ治療のためであっても動物にとっては痛いことをする嫌な奴なので、獣医という立場で動物との信頼関係を築くのは難しいかも知れません。嫌な奴(=獣医)が帰った後で、キーパーさんがごほうびをあげたりします。そうやって信頼関係を築いて行くわけです。キーパーさんは痛いことにはタッチしない。ゾウの睡眠時間はそんなに長くないと言われています。野生のゾウなら2時間眠れば十分です。動物園の場合は安心できる環境ということもあり、横になって寝ていたりするんですよ。なぜ横になって寝ていたと分かるかというと頬の辺りにうんこがついてたりするんですよ。うんこを枕にして寝てるという……。この動物園にも昔は当直があったんですが、今は夜中に誰もいません。警備会社に委託しています。よっぽど体調の悪い動物がいたりする時は残ることもありますが、普段は私たちも夜に動物をみる機会はほとんどありません。昨年7月にキリンの竜王が生まれた時には、夕方6時頃に、飼育担当者が子供の蹄が出ているのを確認したため、職員が何人か残りました。生まれたのが午後9時過ぎでしたね。何人かの職員は残って熱心に観察していました。そういう出産の瞬間に立ち会えるのは動物園に勤めていても機会はそんなに多くありませんから。

 

ゴリラは男嫌い

 

 ゴリラ班の話をしますと、ゴリラは一般的に男らしい人を嫌います。筋骨隆々の人なんか、もう大嫌いですね。女性や、男性でも割と中性的な人を好みます。それはゴリラのオスだけでなく、メスでもそうです。ゴリラは男性に厳しく、女性とは仲がいいという傾向を見て取れます。だから欧米ではゴリラの担当は女性のキーパーも多いんですよ。もちろん男性全部が苦手という訳ではなく、好みの男性には優しいのです。この人好きとすり寄って行ったりすることもあって、もう目に見えて違いますね。あからさまに。ペアで飼育担当を組むのですが、どのペアであってもこっちがいい、こいつは嫌いだなとか見定めているのが面白いですよ。

 

動物救護センターの役割

 

 この動物園には野生鳥獣救護センターという施設が併設されています。街の動物病院とは違い、野生の動物で怪我したものを治療する施設です。ここに運ばれてくる動物は、9割が鳥類で、そのほかタヌキ、イタチ、鹿、ムササビ、それからコウモリなどが来ます。親から離れて巣から落ちちゃった赤ちゃんコオモリが来たりするんですが、ほんとに小さくて一円玉サイズだったりします。なかなか育てられない、育ててあげられないというのが現状です。運ばれてきた動物で助かるのは4割くらい。残りの6割は助からないです。こういった救護の施設はすべての自治体にある訳ではありません。全国で20数施設。ここでは現場の獣医4名で担当しているのですが、私が主担当で、私が休みのときは、ほかの獣医が担当するという体制でやっています。ここのような救護施設が存在することにも、良い面と悪い面があります。人が積極的に手を出してでも動物を助けなきゃいけない場合と、人が手を出しちゃいけない場合というのがあると思うからです。野生の中で起こること、例えば、カラスや蛇に襲われそうになっていたから保護してきた、とかはやめていただきたいですね。人が手を出すべき領域ではない生存競争でのことですから。一方、積極的に手を出してでも助けるべき時もあります。誰かにいたずらで羽を切られたり、虐待行為にあった動物などです。そういう人的要因によって理不尽に傷ついた動物を助けるために施設があること自体に意義はあるのですが、過剰に保護することはしないように。そのあたりの線引きは難しいところではあります。猛禽が鳩を襲うのは、ある意味当然の行動ですよね。「猛禽に襲われそうだった」と言ってここに連れてこられても、預かることはできないし、猛禽も生きていく術がなくなってしまう。目の前で襲われていればかわいそうと思うのは当然ですけど、そこで終わらずに「なぜなんだろう」「どうしてこんなことになっているのだろう」というところまで踏み込んで考えて行動してほしい。施設があることによって、そういった話をする機会ができる。そういう活動をするのも役割なのかなと思っています。

 

日本で2番目の動物園

 

 この動物園は、明治36年に全国で2番目の動物園として開園されました。動物園は動物をみてもらうための施設ですが、時には、「檻が狭くて動物がかわいそうだ」という意見を耳にすることがあります。動物にとっての居心地というのが考慮されていないのではないのかという疑問の声ですね。実はこの動物園の配置は開園当初とほぼ変わっていないのです。日本の動物園というのは「見世物小屋」から発展した経緯があるので、娯楽と切り離すことができない。この動物園でも一時期、「常同行動」というのが指摘されたことがあります。ゴリラが暇だからと、1度食べたものを吐き戻してもう1度食べるという行動が指摘されたこともあります。そこで対策として、いろんな木を植えてみたり、環境を多様にする工夫をしてみたところ若干改善されたのです。異常行動が確認されたら、何が原因で、それに対してどう対処していくのかという改善のサイクルができたんです。それまではわりと無頓着だったんです。改善方法とかはあまり考えていなかった。今は、原因、対応策、改善というのを考えるようになっています。楽しみをいかにして作っていくかという工夫が重要です。遊び道具を入れてみたり。うちの園だけではなく、他の園の例を見て取り入れてみたり、そういうことは進んでいます。うまくいって実を結んでほしいものです。見に来てくれた人達も楽しんでくれるような。見ていてかわいそうと思われるようなことにはしたくない。

 

ソフト面での工夫

 

 旭山動物園の行動展示と、天王寺動物園のランドスケープイマージョンと言って野生環境をそのまま持ってきたような展示方法。それが今主流の2つです。ただ、それはどちらをやるにしてもハード、つまり施設面の充実が必要です。うちの現状ではそれが難しい。ハードには手がかけられないのでソフト面での充実を考えて実行しているところです。檻の前のお客さんから見える位置に、キーパーさんの手書き文字でこういった取り組みをしていますと貼り出してあるでしょう? あれもソフト面で充実させて行こうという取組みの1つです。ライオンやトラなどがいる猛獣舎で、動物たちの運動不足が指摘されたことがあったのですが、担当者が考えたのは海に浮かんでいるブイを利用した遊びです。あれは結構頑丈にできているので、目の前でぶらぶらさせてコミュニケーションを取る方法。猫って目の前になにかありますとじゃれますよね。あれと同じです。ライオンじゃらし、トラじゃらしと呼んでいます。首の長いキリンは高いところにある餌を好んで食べます。餌を棒で吊っていつでも高いところに餌があるようにしたり、首の後ろなどかゆいところを自分で掻けるように孫の手みたいな役割をする「孫の蹄」という金属の棒を設置したりしています。テナガザルの遊具にも工夫があります。彼らは知性があるので、餌を入れるタッパーをロシアのマトリョーシカのようにしました。大きなタッパーを開ければ中に小さなタッパーが入っていて、それを開ければまた小さなタッパーがある。どんどん開けていくとピーナッツが入っているんです。これらのアイデアについてはいい取り組みだということで、NPO団体からエンリッチメント(動物福祉の立場から、飼育動物の幸福な暮らしを実現するための具体的な方策)大賞という賞を受賞しました。それ以外にも、問題にぶつかるたびにいろいろな取り組みを考えて実践していきたいと考えています。

 

広くないという強み

 

 この動物園はあまり広くないけれど、それを逆手にとって小回りの利く動物園でありたい。狭くて密集しているというマイナス面は、動物との距離が近いというプラスに変えることができると思うのです。あまりに広い動物園では動物が遠く奥の方に隠れていてせっかく見に行ったのによく見えなかったということもありえますが、うちならそんなことは起きない。それにあまり広いと園児やお年寄りの方などは疲れてしまいます。うちの園なら、すごく大きなところを半分回るくらいの時間と労力で全部回れたりする。そういったことを強みとしてアピールしていきたいと思います。今後はさらにそれを進めるために園のバリアフリー化を進めたいです。改修の機会などを利用して少しずつ改善していっているのですが、まだまだ段差などが多いので整備していく方針です。それからここは立地条件もいいのです。市街地にあるし交通の便もいい。京都や滋賀はもちろん、大阪でも枚方や高槻にお住まいの方なら、天王寺動物園や王子動物園へ行くよりもこちらへ来る方が近いのです。実際にその辺りの幼稚園や小学校から遠足に来られることがよくあります。京都に限らず幅広いところから来ていただきやすい場所にあるということも強みです。

 

全国の動物園で刺激し合いたい

 

 最近は旭山動物園がクローズアップされたことで、動物園全体が注目されています。動物園が全部同じではなく、それぞれの動物園でやっている取り組みなどを知ってもらい比べてもらえたらいいですね。ここはこんなことをやっているのか、面白そうだなと思ってもらい足を運んでもらう。1つの園だけでなく全国にある動物園全体で刺激し合えたらいいですね。それから大事なことは、ちょっとずつでも始めた取り組みを進めていくことです。遊びに来てもらうたびに変化していれば見に来るのが楽しみになりますよね? 次々と新しい取り組みを考え出し、それらを継続していくことで、来るたびに変化している動物園をつくりことができる。そしてそれは動物達の居心地の良い場所を作ることにもなっているのです。だから来てくれた人に喜んでもらう、動物にとって居心地の良い場所にする、そのための創意工夫はいつも欠かせません。

 

プロフィール

和田 晴太郎

わだ せいたろう

1967年岐阜県生まれ。1992年3月 北里大学獣医畜産学部獣医学科卒業。

青年海外協力隊に参加し、南米、パラグアイに赴任(1992-1995年)などを経て、1996年5月 京都市動物園飼育課へ。

京都市動物園 飼育課 安全管理係長(獣医師,学芸員)

*本文中の日時・役職・その他各名称等はすべて取材時のものです。

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