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Chapter.01

京阪神エルマガジン社 「SAVVY」編集長

水嶋領子さん

 

”「SAVVYちゃん」が楽しいと思ってくれるものを提供したい”

 

誌というと、制作スケジュールがしっかり立てられているように思われていますが、うちの場合はそうでもありません。リージョナル誌(地域情報誌)なので、何か月も前にアポイントメントをとらせていただいてインタビューや取材に行くことはあまりありません。興味を持ったら、その日の夕方アポイントメントの電話をして「明日、明後日にでも取材に行かせてください」とお願いするような取材先が多いのです。大まかな動きとしては、まず1年間や半年単位で大まかな特集の枠組みを決めます。それを決めるのは編集者だけではなく、販売部や広告担当も含めた「SAVVY」チームみたいなもので、書店担当として仕事をしている販売部の人と、広告主を探す営業担当の人と編集者で会議を行います。それぞれがそれぞれの思いを伝え、「こういう特集はどうだろう」とか、大まかな特集内容のアイデアを出し合う。ただ、秋の時点で春までの企画を考えていても、暖冬で全然寒くなかったりしたら、違うことがやりたくなってくることもあります。そのため大まかな企画は立てていますが、微調整しながら1冊編集し終わる間際に、来月はあれしよう、これしようと話して決めています。それから取材やロケハンの手配を整えたりしています。それは編集者全員でやります。

 

街ネタの情報源

 

 情報源は、まずは自分たちが街をよく知っているというのが基本にあって、プラス「噂の噂」。口コミが重要な情報源です。たとえばおいしいと評判のレストランに取材に行った時に、特に野菜がおいしいなと思ったら、「これどこの野菜ですか?」と聞いてみる。「どこどこで採れる野菜やで」と教えてもらったら、今度はそこへ取材に行ってみる。取材へ行くと、今度はその人がたまたま家で使っている椅子がかわいかったら、「そのイスは誰が作ったんですか?」「どこのイスですか?」という風に友達の友達と仲良くなっていくみたいな感じです。何かひとつに長けている人っていうのは、たとえそれがその人の専門ジャンル以外のものだとしても、何か面白いものを持っていますよ。たとえばシャツ1つとってみても、料理人やカメラマンの人が選ぶシャツって、なにか普通の人が選ぶものとは違っていたりとか。それから、なんとなくあそこのあれはおいしい、あそこのあれはカワイイとか、いつも頭の片隅に情報があることもたしかですね。オープンな状態で街を歩いたりしていると、必要な情報が集まってくるというか、集めているということもあります。そうすると今度「北摂特集するよ」ってなった時に、「あ、じゃああれだ」と浮かんだりします。編集者には、みんなそういう手札が何枚かあるんですよ。

 本誌は京阪神のリージョナル誌で、読者も京阪神に住んでいるので、読者に「もう知ってるわ」「古いなぁ」と思われないようなネタにしないといけないですね。知っている街なんだけど、「ああ、知らなかったな」とか「こんなところがあるんや、今度行ってみよう」という情報を提供できるように。読者は知らないところや新しい切り口を提供してほしいと思って手に取るんです。神戸に住んでいる人にむけて「神戸特集」を作るので、とっくに知られているようだけれども、じつは「知られていないもの」をどれだけたくさん載せられるのかが問われていると思います。それは読者が知らない情報、新しい情報に加えて、知っているんだけれどこういう見方、切り方があったのねと思われるやり方を、「SAVVY」の読者「SAVVYちゃん」は望んでいると思います。新しい、早い、だけではない、大事に思える価値というものがあると思います。

 

編集はチームの仕事

 

 雑誌1冊を作るのもチームで行う作業ですので、編集者同士の横のつながりが大切です。今隣の人が何をしていて、どういう動きをしているかを互いに分かり合っているので、あなたがそうするなら、私はこうしてみようと考えて仕事をしているという感じです。いろいろな考え方があると思いますが、私自身の考えとしては、例えば写真を撮ったりデザインをしたり原稿を書いたりだとかは、それぞれプロのカメラマンやデザイナー、ライターの方にお願いをするので、編集者というのは、何か具体的なことができるかというと、あまりできない。というか「具体的な何か」はなにもしないんですよね。編集というのは、すごく曖昧な作業なんです。いろんなプロフェッショナルの手を借りないと何もできない仕事です。何でもできるけれど、何にも出来ない。それを強みに変えるためには、経験にしても知識にしてもいろんなことを知っていないといけないのです。それといかにプロフェッショナルの人たちの力を最大限に引き出せるかというというのが「編集者」という人の仕事の役目。人とどう付き合うか、その人にどういう仕事をしてもらうかというのを見定めることができるというのが、編集者として求められる能力の中ですごく大事なことだと思います。

 

「SAVVYちゃん」が喜んでくれるもの

 

 こだわりやポリシーは人それぞれだと思いますが、編集者って個性が強い人も多いし、自分はクリエイターだ、作っているんだっていう自負がすごく強い人もいる。私はたぶんそういったタイプではなくて、読者の女の子が「うれしいな」と思ったり、「私こんなところ知らなかったけれど今度の日曜日行ってみよう」とか、なにかアクションを起こすきっかけとなるようなものを作りたい。たとえば雑誌をみて高額なブランドのバッグの情報が載っていたりしたら、「お金貯めて買いに行こう」となるわけですが、「SAVVY」はリージョナル誌で、ファッション誌とは違うので、住んでいる街の情報がパッとわかり、すぐにアクションにつながる。そこの横丁にずっとあるおまんじゅう屋さんの50円のおまんじゅうを紹介していたりするわけなので、記事を見て、すぐ行って、すぐ買える。街の情報を掲載しているので、それを見て会社の帰りに、ちょっと行ってみようとか、このカワイイ靴下買って帰ろうとか、アクションを起こすきっかけになる。単に消費を促すということ以上に、何かもっとアクションを起こしてもらえたらいいなと思っています。そういうことのために雑誌を作っているなと思っています。自分たちがこういうものを作りたいとか、自分たちがこういうものを面白がっている、それをあなたにも見せてあげるというのではなく、「SAVVYちゃん」が楽しいと思ってくれるものを提供したいという思いがいつもすごくあります。読者本位でサービス精神を忘れず。編集方針というほどのものはないけれど、それが一番かな。雑誌の中で完結するのではなく、実際に行ってみることができるし、触れることができる。すごく素敵なパン屋のおっちゃんを紹介したら、実際に会いに行ってそのおっちゃんが作ったパンをたべることだってできる。記事を読んで「うわあ、素敵や」と思う一次体験だけでなく、実際に会って「おもろいおっちゃんやわ」「パンおいしいわ」っていう生の体験をしてもらえる。さらに彼女がパン屋を気に入って行きつけになったり、友達を連れてきたりとか違うストーリーが生まれるきっかけとなったりもする。うちの雑誌を読む1つの体験から、2つめ3つめの体験と広がってくれたらいいなと思っています。

 

編集者に求められるもの

 

 私は雑誌が好きで、以前からたいていの雑誌には目を通していました。だからといって、どうしてもこの雑誌が作りたいとか、ひいきの出版社があったということでもなかったです。どうしてもこの雑誌がやりたいというものはありませんでした。なんでも大好きというか。この会社に入ったのもなんとなくですし、漠然としていましたね。私は会社員なのでもしかしたら明日突然、会社にエロ本部門が新設されてSAVVY編集長からそこの担当に異動させられるということもあるかもしれない。その時はその時で、どうやったら男性を興奮させられる「いいエロ本」を作れるのかを考えると思いますよ。クリエイティブなこだわりが強い人だと、そういう柔軟性がないのかもしれないですね。そういう意味では、編集者には柔軟性が求められると思います。それから相手に安心感と緊張感を与えられる人であることが大切。仕事をする相手がリラックスしてその人の実力を120パーセント発揮できるようなところと、「この人の仕事はミス出来ない」という緊張感、両方与えられることが大切。いろんな人と仕事をするのでさっき言ったように、カメラマンとか、デザイナーと仕事をするんです。ただ、最終の編集権というのは編集者が持っているんです。カメラマンがすごくいい写真を撮ったとして、ライターがすごい文章を書いたとして、それをどういうページに編集するかの決定権は、文字通り編集者が持っているんです。カメラマンやライターは、写真や原稿を編集者に渡したら役目が終わるわけじゃないですか。だから「この人に任せておけば、俺の写真は大丈夫だ」とか、「この人に任せておけば、私の書いた文章は大丈夫だ」と思ってもらえるようにならなければ。「僕が命を懸けて撮った写真は、あなたに任せますよ」っていう、任される人にならなければならない。編集者は。ですから編集者は「任せることができる人」でしょうか。そういう人であるべきだと思います。

 

醍醐味、やりがい

 

 醍醐味はいろいろあって一つには集約できないですけど、いま私はこの仕事を胸を張って誰にでもお勧めできる仕事だと思っています。毎日いろいろあって楽しいです。雑誌が発売されて書店の店頭に並んでいるものを誰かが立ち読みしているのを見たときは本当にうれしい。単純に出来上がったという達成感もあるし。それに、このカメラマンにこういう写真を撮ってもらえたらなと思ったものがピタリとはまる時とかですかね。あのカメラマンにこのテーマで写真を撮ってもらったらいいんじゃないかなと思って企画して、ほんとにいい写真が上がってきたときも、「すごい」という言葉だけでは言い表せないくらい感動や達成感を感じることもあります。次の瞬間にはそれをどうページにしようかと考えています。「SAVVY」はリージョナル誌であって写真誌ではないので、せっかく撮影してきてくれた写真をきちんと役割に合った形で使うのも編集者の仕事だと思うので。そういったときに、どう料理してやろうか、とやりがいを感じることもあります(笑)。日々の瞬間にこの仕事をやっていてよかったと思うことがほんとにたくさんあるんです。悪いところ、嫌なことは、今はないですね。日々の瞬間、瞬間で本当に楽しいと思えるときがあるという感じです。

 

6勝4敗の日々

 

 編集者って常に何かを選択しているんです。まずはテーマを決める。それから、このカメラマン、このライター、このスタッフとか、決定しないと動かないことがすごく多いんです。もちろんみんなで相談するんですけど、最終的な決定は編集長である私がしなければならない。この場所で、この店で、取材をしようとか。決めなければならないことがすごく多くて、しかもその決定に対する答えはすぐに出るんです。カメラマンを選んで、取材して、上がってきたものが失敗していたら、自分の選んだものが間違いなわけで、ミスジャッジになる。この場所で撮影しようって決めて、撮影してばっちりきれいに撮れているっていうこともあれば、やっぱりこの場所で撮影するんじゃなかったなっていうときもある。売れると思って作った特集が売れなかったり……。日々自分が決断していって、その答えが出続けている毎日を送っているので、答えが出るたびに喜びも悲しみもある。その両方を背負いながら今日もいろんなジャッジメントをし続けるのが編集長の仕事です。今も含めて、これまでいろんな選択をして、6勝4敗くらいかも知れません。だから毎日充実しているし、楽しいのかも。もしかしてこれが4勝6敗とかになってくると、ああ胃が痛いとかになってくるかもしれません。まあ、いろんなスタイルがあると思います。人によって、雑誌によって。いかようにもなるし、自分でそうしていくのが編集っていう仕事です。

 

プロフィール

水嶋領子

みずしまりょうこ

1969年兵庫県生まれ。広告代理店勤務を経て、99年株式会社京阪神エルマガジン社入社。

2008年サヴィ編集長に就任。

*本文中の日時・役職・その他各名称等はすべて取材時のものです。

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