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Chapter.07

ヤサカタクシー 四つ葉のクローバー号の運転手さん

玉記 茂和さん

”特別な事よりも、当たり前のことをきちんとする。そして、それを積み重ねるのです”

 

は3時に起きます。それから4時に会社に入り、会社の事務仕事の手伝いをしております。これは会社から言われてのことではありません。私が個人的にやっております。早朝には、チーフと事務担当とガレージの操作をしている者の3名がいますが、どうしても人出が手薄になりがちですので、私が手助けさせてもらっているのです。日報の管理や、出庫(タクシーを出発させること)する者への立会、仕業点検(乗務員の点検)などの手伝いをしております。だいたい6時15分くらいまでそれをやり、それから私も出庫いたします。出庫する前には必ず日報板というものに目を通します。そこには前日までの車の走行状況、走行距離などが記されております。それから仕業点検。車の状態を見て正常に走るかどうか確認いたすわけです。ヤサカの場合は、毎日出庫前に乗務員のアルコール検知があります。アルコールが体内に残っていて、ほんのわずかでも反応が出ましたら乗務できません。すべての乗務員がその検知を受けてから出庫しています。それから指示器やヘッドランプ、ストップランプの点検、ワイパーなど、始業点検と呼ばれるものを行います。これは車の状態を点検し、正常に営業(走行)できるかどうかを確認するものです。

 街へ出ますと、お客様を探している状態(空車)、つまり「流して」走っている状態と、ご予約いただいたお客様を迎えに行く状態(迎車or回送)。それにお客様を乗せて目的地まで走行している状態(実車)の3つに大別できます。お客様を迎えに行くときは、空車板に回送の表示をしまして天井灯も消灯し、ご予約いただいたお客様にご乗車いただくまで他の仕事はしませんという状態で走ります。一日の仕事時間の中では流しの状態が60パーセント、お客様のお迎えと乗車が40パーセントという割合でしょうか。通常、そのように走っております。四つ葉のタクシーという事ですぐお客様が見つかると思われるかもしれませんが、実は、「1400台のうち4台だけ、クローバーのマークが4つ葉になっているタクシーなんです」とお話しさせていただいて初めて気づかれる方もいます。四つ葉のタクシーが走っている事はご存じの方が多いのですが、普段乗られる方は、空車板を見られて、「空車」と表示されていれば乗ってこられるという方が多いので、天井や横のマークまでは見ておられないのでしょうね。ヤサカの色は車体の上半分がアイボリーで下が明るいエンジ色のツートンカラー。車体の特徴と空車かどうかというくらいの認識で乗ってこられるので、知らずに乗ったという方が多いです。もちろん「四つ葉や、シールおくれ」と言ってこられる方もいらっしゃいます。けれど知らずに乗ってこられて、シールをお渡しした時に驚かれるお客様の方が多いですよ。

 

列の後ろにそっと、いることも

 

 四つ葉のクローバー号4台のうち、私が担当しております車は、烏丸から西、北山より南、五条から北を走っている事が多いです。これは会社から指示されたものではなく、私にとって走りやすいのです。たとえば、お客様がお乗りになって、私は四条から三条や五条へ抜ける場合に抜け道を多く知っていますので、非常にスムースに目的地へお送りすることができるのです。これが東山の方ですと、鴨川を渡るために橋を渡らなくてはなりません。橋はどこも混雑するのです。抜け道をしようと思っても、橋の数は限られていますので、誰もが同じような事を考えます。結局時間がかかってしまうので、安全、快適かつ速やかにお客様を目的地までお送りするという事が困難になってしまいます。ですから烏丸より西が私にとっては走りやすいのです。

しかしながら、時には、岡崎にある「みやこめっせ」など、催し物を開催していて観光客などがたくさん集まる場所の近辺を走ることもあります。若い方もお歳を召した方も関係なく乗られますので、人の集まる所へ積極的に行ったりもいたします。しかし、イベント終了時の出口など、人がどっと集まるようなところには、いの一番に行かずに、集まってくるタクシーの列の最後の方にこっそりと並んでいます。

「誰か気づくかな?」と思ってみていたり、前のタクシーに乗られた方が「もうちょっと待っていたら四つ葉が来たのに」というお顔をされるのを楽しむ、という訳ではありませんが、列の後ろの方にそっといます。

 

人気者だからこその悩み

 

 休日の京都といえば、観光客がたくさんいらっしゃいます。金閣寺や清水寺でお客様を案内するために少しの間、車を離れますと、車の周りにたくさんの人だかりができているんです。嬉しくもあり困ることでもあります。みなさん「四つ葉だ」「縁起がいい」ということで窓や四つ葉のクローバーのマークに触られるんですが、車体や窓が指紋だらけになってしまってしまう事があるのです。触られる気持ちは分かるんです。京都に観光に来られて、清水寺や金閣寺で四つ葉のタクシーがいたら、「縁起がいいなあ」と喜ばれるのは私としても嬉しいことなのですが、これには少し困ってしまいます。なぜならば、私どもヤサカの乗務員にとってタクシー車両は大切な商売道具でありますから、いつでも、どんな時でもピカピカの状態でご乗車いただくお客様をお迎えしたいという気持ちがあるからです。大切な道具をきちんと手入れいたしまして、最高の状態でお迎えする、それこそ私どもが大切にしている「おもてなし」の基本だと考えているのです。写真を撮られたりするのは全く気にならないですよ。嵐山を走っていた時に、「四つ葉や!」と一人が言いますと、だだっと人が追いかけてこられることがあります。そんなときに信号などで止まると、途端に人垣になってしまいます。そういうとき、私としましてはどうしようもありませんので、知らん顔をしています。動かせませんし、そういう方たちは嵐山を観光されているので乗っては来られませんから。「喜んでもらえたらそれでいい」と思いまして、知らん顔をしております。

 

休憩する時

 

 私も人間ですので、人目の付かないところで休憩いたしております。ここなら人目につかないし車を止めて大丈夫という場所で、お昼などを取るために20分くらい休んでおります。以前は行きつけの喫茶店がありましたが、閉店されてしまいましたので、また探さないと、と思っているところでございます。仕事をしておりまして、やはり疲れることもあります。そんな状態でお客様を迎える訳にはいきませんので、そういう時は人目につかない場所に車を止めてうたたねをしております。調子のいい時は、自販機で何か飲むくらいで、休まずに走り続けることもございます。1時間も2時間もじっと止まっている事はございません。せいぜい40分くらいでしょうか。

 

これまでの経歴

 

 タクシードライバーの仕事を始めて、2009年10月14日で10年になりました。まだまだ駆け出しでございます。以前は、郵便局に勤務しており、課長代理をさせていただきましたが中間管理職というのは精神的に厳しかったです。このまま仕事を続けていたら体がつぶれてしまうと思いまして退職させていただきました。そして自分の好きな車に係わる仕事をしたいという事でヤサカタクシーに参りました。ヤサカでは日頃の仕事ぶりが認められて初めて営業車を担当させてもらえます。入社してすぐは、誰もが先輩が担当しておられる車を「お借りして」営業します。私は入社後、比較的早く営業車を担当させていただけるようになりました。そして、入社して3~4年くらい経ったときだったと思いますが、班長を任せていただくことになりました。さらには、ある日、別の四つ葉号を担当されていた班長が定年された時、私が呼び出されまして、「玉記、これからはこの車に乗ってくれ」と言われ、今ではこの四つ葉号が私の車となっています。四つ葉号と申しましても、車の装備自体は、他とまったく違うところはなく、シンボルマークの葉っぱが4枚か3枚かの違いだけです。あとは通常はクローバーの葉の周りを縁取りしていますが、四つ葉号には縁取りはありません。さらに葉の色が蛍光色になっていますので雨降りの日などは、四つ葉のマークが通常よりも鮮やかに見えます。それだけが普通のヤサカタクシーとの違いでしょうか。私が四つ葉号の担当者に選ばれた理由などは知らされておりません。基準などがあるのかどうなのか、それは私が預かり知るところではないのかなと思っております。もしかしたら一番下手だから、乗って修行しろということなのかもしれません(笑)。

 

やりがいと心構え

 

 やりがいは、ご乗車いただいたお客様に満足していただくこと。満足していただけたなと思えた時が一番嬉しい瞬間ですね。それはタクシーの運転手、みなそうだと思います。お客様が降りられる時に、「ありがとう」「おおきに」と言っていただける時が、一番嬉しいですね。なかには車椅子のお客様もいらっしゃいます。まずお客様に席に座っていただき、私がぱっと降りまして車いすを折りたたんでトランクへ収納し、運転します。降りる時も同じことをするのですが、その際に、「ありがとう」と言っていただけた時は、「ああよかった」と思います。乗務員をしていてよかったと思う瞬間です。今日はこの運転手さんでよかったと思ってもらえればこの上ない喜びですね。長距離でも、短距離でも、乗っていただいた方に満足していただけるように対応する事を心がけております。「は~、今日はヤサカはんの車に乗ってよかった」と思っていただけるように応対させていただいております。お客様にヤサカの車に乗れば間違いないと安心して選んでいただけるように。ただ単に車で走ることは誰にでもできます。しかし安全に快適にしかも迅速に、お客様をお送りする運転というのは、そうではない。積み重ねた経験やテクニックが必要で、注意するところや、ここはこう走った方がいい、というのはやはり長年の経験により培われるものだと思います。たとえば左折する場合に、左縁石いっぱいに後輪が付いてくるように曲がる。そうすれば自転車やバイクの巻き込みを防ぎ安全確保ができると同時に、もしお客様がいられた場合、指示器を出してすぐに停車して乗っていただくことができます。市内の交通にも流れがありまして、昼からは西大路通りや河原町通りなどが走りやすいです。走りやすいところの方がお客様も見つけやすいですし、自然とそういうところを走ることになります。経験のカンといいますか、今この辺に行けばいいなとか、分かる時があります。行ってみたら本当にお客様がいらっしゃったりとか。クラクションを鳴らすという事は絶対にありません。京都はお年寄りが多いですから、驚かせるようなことはいたしません。雨降りの時、バス停の近くには、水たまりができているかもしれません。そこをスピードを出して走りますと、泥はねをしてしまうかもしれません。四つ葉タクシーがそんな事をしてしまうわけにはいきませんので、絶対に近づかないようにしています。返事や受け答えも大切です。「はい」「わかりました、つぎ右ですね」など、お客様とはっきりと受け答えをし、コミュニーケーションをとる。そうすることで「ヤサカはきっちりしているな」と思ってもらえる。

 これらはなにも特別なテクニックという訳でもありませんね、当たり前のことをきちんとする。そしてそれを積み重ねるということです。

 

京都のタクシー事情

 

 京都もタクシーが多く走っていますが、中には通りを我が物顔でスピードを出して走る車もいますね。危なっかしくて見ていられません。毎日のことなので忘れがちになるかも知れませんが、いつ事故を起こしてもおかしくはないのです。だから初心忘れるべからず、安全運転をいつも心がけています。事故を起こしてしまいますと仕事ができなくなってしまいます。ドライバーにとってそれは死活問題ですから、事故は起こさないように。それはもう第一に心に留めています。タクシーの台数も京都は観光都市という事で適正の台数よりも元々2割ほど多いのですが、規制緩和で台数自由という事になりまして今は飽和状態です。中にはサービスの悪いタクシーも出てきて、安かろう、悪かろうという事になりかねないというのを危惧しております。京都ではタクシーの料金が上限と下限が決められていて、その間の値段設定は自由という事になりました。しかし安い料金設定だと結局乗務員が苦しいんです。同じ距離を乗っていただいた場合、安い料金に設定している車だと570円で、私どもは640円戴く。そのうち何パーセントかが乗務員の手元に残るのですが、570円だとやはりもっと走らなくてはならない。走れば走るほど、570円の運転手さんは大変だなと思います。同一地域、同一賃金が、おそらくベターだと思うのですが。我々が数回走っている分の利益を得るために倍くらい仕事をしなければいけないというような状況に陥りますから。そうすると、気持ちに余裕がなくなりお客様の取り合いや、運転が荒っぽくなったり、事故も多くなると思います。運転には精神状態が出るのです。四つ葉のタクシーというのは良くも悪くも目立ちますから、法規を守りすべてを守る紳士的な運転を心がけております。そうではないと長くは続けられないでしょう。そうすることによって、手本というのはおこがましいですが、「自分も気をつけよう」と思ってくれるドライバーが出てきてくれたらうれしいです。

 

これからも基本に忠実、誠実に

 

 ヤサカのレベルをアップさせたい。四つ葉であれ三つ葉であれ、すべてのヤサカタクシーのレベルを底上げしたいです。

業界最大手だとか、タクシー業界では京都一の老舗だとかいう看板に胡坐をかいていてはいけません。一人一人のお客様に対して、誠心誠意接して、満足していただいてご料金を頂戴する。その時にお客様に「おおきに」と言っていただければ、それ以上嬉しいことはありません。さらにそれを続けることです。「お客様は神様だ」といいます通り、やっぱりお客様は大事ですので、四つ葉に乗って満足していただけるように努めています。

無名の選手でも磨けば一流選手になると思うんです。新人の運転手に一言助言するとしたら、「基本に忠実、誠実に」、それだけですね。

プロフィール

玉記 茂和

たまき しげかず

1999年10月株式会社彌榮自動車入社。

 

*本文中の日時・役職・その他各名称等はすべて取材時のものです。

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